ウルトラブルー

 死んだいるかのこと。いるかたちの間で長く言い伝えられていること。死んだいるかのこと。いるかというのは死ぬと深い青い海の中を長い長い時間、気の遠くなるほど長い時間をかけてぷかぷかと漂い続ける。漂っている間に、他の魚や小さな微生物たちに少しづつ身体を食べられ細かく分解される。そうして漂うあいだにいずれは骨ばかりになる。死んだいるかはそうして骨ばかりになる。いるかのこと。これはいるかのこと。死んだいるかのこと。いるかたちの間で長く言い伝えられていること。死んでしまうのは怖いことだと思う。ぼくは死にたくない。骨になるのは怖いことだと思う。ぼくは悲しくて海の底へと向かう。

 ぼくはいるかだ。ぼくはいるかで、ひとりで泳いでいる。群れから出てきてひとりで泳いでいる。海というのは深くてずぅっと青い。ぼくはおそらくそろそろ死んでしまう。死んでしまうのは怖いことだと思う。ぼくは死にたくない。だがぼくはいるかだ。いるかというのはそれぞれひとりひとりが、自分の身体についておそろしいほど詳しい。ぼくもぼく自身の身体についておそろしいほど詳しい。ぼくはそろそろ死んでしまうだろう。死んでしまうのは怖いことだと思うがぼくはそろそろ自分が死ぬことを知ってる。ぼくは死にたくない。ぼくは悲しくて海の底へと向かう。海は青くて抱かれるようにぼくは沈んでいく。

 死んだいるかのこと。いるかたちの間で長く言い伝えられていること。死んだいるかのこと。いるかというのは死ぬといずれは骨ばかりになり、骨ばかりになったままでぷかぷかと海の中を漂う。長い長い時間、もしかしたら生きていた時間よりももっと長い時間をかけてぷかぷかと漂い続ける。漂い続ける間にやがては骨も少しづつぼろぼろと朽ち果て、細かくなって壊れる。死んだいるかのこと。いるかたちの間で長く言い伝えられていること。ぼくはもうすぐ死ぬけど死ぬのは怖いことだと思う。ぼくは死にたくない。細かくなるのは怖いことだと思う。ぼくは悲しくて海の底へと向かう。海は深くて、疲れた夜の眠気のようにぼくを底へと誘った。

 ぼくはいるかだ。ぼくはいるかで、そしてもうすぐ死ぬ。海というのは悲しくなるほど青い。毎日見てても見慣れないぐらいの青さだ。海の底にたどり着くとひとりの少女が居た。人間の少女だ。少女は服を着ていなくて白い砂の上にぽつんと横たわり背中を丸めていた。深く青い海の底の底で、きらきらと白い砂に三分の一ほど身体を埋めていた。ぼくは少女に近づき顔を覗き込んだ。ちゃんと生きている少女だ。人間は本来こんな海底でいきられる生き物ではないはずだがぼくは気にしなかった。少女は綺麗だった。深く刻まれた二重の瞼に大きな瞳をしていた。こんにちは、と、いるかのことばでぼくは話しかけた。少女は何も言わなかったが、代わりにその大きな瞳をぼくの方に向けて二回瞬きした。長い睫毛だった。

 死んだいるかのこと。いるかたちの間で長く言い伝えられていること。死んだいるかのこと。いるかというのは死ぬといずれは骨ばかりになり、骨ばかりになったままでぷかぷかと海の中を漂う。そのうちやがて骨は細かく朽ち果てて壊れる。いるかたちの間で長く言い伝えられていること。骨は朽ちて壊れて、そうして最後は耳の骨だけ残る。いるかの耳骨は小さく、ちょうど人間の足の指ぐらいの大きさをしている。いるかの耳骨は最後までそれだけが朽ちることなく残って、その終わりにはこの世のどこかにいる、そのいるかが生きていたときいちばん強く想っていた相手のところに流れてたどり着くのだという。ぼくはほどなくして死ぬけど、死ぬことはもうそんなに怖くはなかった。海は青くてどこかで空に繋がっているような気がする。背びれで水を蹴って、明るい海面の方へと泳いだ。

 

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