(白い、四角い箱の中に産み落とされた)
(ぼくと同じ姿形をした子たちはたくさんいた。長い尻尾を振りまわしながら、ぼくらはあの小さな箱の中で、それでも幸せに暮らしていた。毎日決まった時間に空から落ちてくる食事が毎日の楽しみだった。ぼくらは幸せに暮らしていた)
(箱の中には日に一匹か二匹、新しい子が産み落とされた。産み落とされた子たちはやっぱり僕と同じ姿形をしていて、長い尻尾を振りまわしながら、幸せな生活にすぐに溶け込んでいった)
(だけれど日に一匹か二匹、箱の中から消えていく子も居た。白い手袋をした、大きな大きな手が、ぼくらの仲間の小さな小さな体を、五本の指で鷲掴みにして、箱の外の世界へと連れていくのをぼくも見たことがある)
ねぇ、あの白い手は、神さまの手なんだ。
(ある日誰かが、ぼくにそう教えてくれた。ぼくらの仲間を外に連れていく、あの白い手の正体が、神さまの手なんだと)
神さまの手にさらわれると、天国に行けるんだよ。だから悲しむことはないんだ。天国はとても広くて、楽しいことがたくさんある。天国に行けばこんな小さな箱の中よりもずっとずっと幸せな生活を送れるんだよ。ああ、早く天国に行きたいなぁ。
(恋い焦がれるように、天国を語った。次の日の朝になるとその子の姿はもう箱の中にはなくて、きっと天国に行くことができたんだなとぼくは思った)
(幾らかの、時間が過ぎた)
(ぼくはもう天国の話を忘れていた)
(相変わらず、日に何匹かの、新しい子たちが増えて)
(日に何日かの、良く知った子たちが、神さまの手に掴まって消えていった)
(天国の話は忘れていたけど、あの白い手を神さまの手と呼ぶことだけは何故だか覚えていた)
(毎日の決まった時間に空から落ちてくる食事を楽しみに暮らしていた)
(そうやって、ぼくらは暮らしていた)
(そうやって、当たり前にぼくらは暮らしていた)
(ある日、神さまの手がぼくのすぐ頭の上に現われて、降りてきた)
(神さまの手は僕の背中を、想像していたよりもずっと強く乱暴に掴んで、慣れ親しんだ箱の底面から引きはがすと、あっと言う間に外の世界へと連れ出していった)
(天国、という言葉をぼくは思い出していた)
(とても良いところなんだって聴いた。天国、という言葉を僕は思い出していた)
「では、これから実験をはじめます」
(身体に、太い針が刺さるのが分かった。激痛が走って、けどそれは最初の瞬間だけで。針の先から、身体の中に何かが注がれていくのを感じた)
(天国、という言葉を、僕は、思い出した)
(とても良いところなんだって)