
朝練習するサッカー部のかけ声が窓ガラス越しに聞こえてくる七時三十分の教室。そこにはまだおれひとりしかいなくて、長い夏の熱気が依然として残る九月半ばの日差しに満たされた空間はさながら、幼い頃に母に連れられて見に行った影絵のようだと思う。黒板の脇の掲示板には何枚かのポスターが貼られており、おれはそこに書かれた文字を左から順に小さく声に出した。「こまめな水分補給」「めざそうゴミのない街」「ひとりで悩まず誰かに相談しよう」「尊い命を大切に」グラウンドの方で金属バットがボールを叩く音が鳴った。
やがて教室のドアが開いてキヤマが入ってきた。真っ赤な縁の眼鏡を掛けたクラスでいちばん背の小さな女子はおれの姿をみつけると「おはよぉう」と気怠げに挨拶した。それに対しておれは「おう」と返事をした。「今日も早いねぇ」と、最前列の窓際の机の横にカバンをかけながらキヤマは言い、それにもおれは「うん」と短く返した。会話は終わりになり、キヤマは椅子に腰を下ろすとカバンのなかから取り出した文庫本のページを捲り始める。おれは頬杖をついてキヤマの小さな後ろ姿を眺める。
音が遠くなる。さきほどまで聞こえていたサッカー部のかけ声や野球部の打球音が急に遠くなる。そのかわりに自分の脈の音が聞こえる。今日もキヤマと会話ができたキヤマに声をかけてもらったという事実により心臓が収縮して血が身体じゅうを巡っていくのが分かった。おれは息を吐く。キヤマにその音が聞こえることのないようゆっくりとだが深く深く吐き出す。なんでもないさというそぶりでキヤマの姿を眺める。もしもほかの誰かが教室に入ってきても、あるいはキヤマが急にこちらを振り向いても、心中を見透かされることのないようおれは努めて退屈そうな表情を作り文庫本のページを捲るキヤマの指先を眺める。おれは恋をしているのだ。十四歳にしてはじめて恋をしているのだ。誰にも言ったことはないけどおれはキヤマに恋をしているのだ。
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四限は理科の授業だった。理科室の席を埋める三十余人のクラスメートは白い顎髭を蓄えた初老の先生が板書する内容を各々のノートに黙々と書き写していき誰も後ろを振り向くことはない。理科室の後ろの棚の上に置かれた水槽には全長二十センチを超える巨大な金魚が一匹だけで住んでいるのだけど、その金魚はいま、鈍くぎらめく銀色のお腹を天井のほうに向けて浮かんでおり誰がどう見たって命の終わりが近い。時折ぱくぱくと口だけを動かす様子はいっそう苦しげで、そんな姿を目にしたくはないから、誰も後ろを振り向くことなく前だけを見て板書を書き写していく。
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五限の授業は先生の急病によって自習となり課題として英単語のプリントがひとり一枚ずつ配布された。大人がいない午後の教室は空気が緩み何人かは居眠りをしていた。窓の外はいつのまにか雲が厚くなっており、もしかしたらこのあと雨が降るかもしれないとおれは考えた。スマートフォンを取り出して天気予報のアプリを開くと「あなたはひとりじゃないよ」と書かれた広告が画面全体を覆った。青少年の自殺防止を目的としたその広告を閉じてから今日このあとの天気をチェックすると降水確率は二十パーセントと書かれていたのでたぶん大丈夫だろう。おれはスマートフォンの画面をオフにすると顔を上げて最前列の窓際に座るキヤマの姿に目をやる。キヤマはプリントにシャープペンシルを走らせながらときおり落ちてくる前髪を耳にかけたりしている。たぶん大丈夫だ。大丈夫だ。
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キヤマとは一年生のときから同じクラスだったけど最初から恋をしていたわけではない。キヤマは別に教室のなかで目立つひとではなく、たとえば信頼しあった男子同士が「おまえ好きな子いるの?」と秘密を明かし合うような場面で頻繁に名前が挙がるひとではないのだけど、入学から数週間を経てクラスメートひとりひとりの名前と顔がだんだん一致してきて、得手不得手とか好き嫌いとか発言力の強さとかも分かってくるなかで、このひとのことをもっと知りたいといちばん強く思った存在が、おれにとってはキヤマだったのだ。
毎日早い時間に登校してきてひとりで本を読む。背が小さいことをちょっと気にしている。ふだん眼鏡をかけているけど本当に視力が悪いわけではない。五十メートル走のタイムが女子のなかでは実はけっこう早い。キヤマのことをひとつ知るたびにおれの目に映る教室の風景は少し明るくなるのだ。
別につき合いたいとか触れあいとか思うわけではない。気持ちを伝えたいと思うわけではない。そうしたことに憧れがないといえば嘘になるが、今はまだあくまで憧れにすぎず、そうしたことを切実に望めるほどおれは恋というものをまだ分かっていない。生まれてはじめてボールに触れた子どもは、それを手にとって前に飛ぶことを楽しいと思うだろう。生まれて初めてボールにふれた次の瞬間から、野球とかサッカーとかの試合をやって勝ちたいと思うわけではないだろう。それと同じように、おれはいま生まれて初めての恋をしているのだ。
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帰り際。下駄箱で靴を履き替えていると「理科室の金魚、死んだってよ」と誰かが言うのが聞こえた。言った人物の顔は見えなかったが、ほっとしたような言い方だと思った。
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下校途中にスーパーに寄った。登下校時の寄り道は校則で禁止されているけれどそうした。お弁当コーナーに立ち寄るとカツ丼に三割引のシールが貼られていたので、それだけ購入した。セルフレジで、スマートフォンの電子マネーで払った。
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玄関の鍵を開けて家のなかにはいるとそこにはシャッターをもう何日も開けていない暗闇の空間がありおれは玄関をカバンに放ってからリビングのソファに身体を投げ出して手探りでリモコンを手に取りテレビの画面を点けた。両親がこのリビングで言い争いをしていたのは学校の期末試験が済んだ直後の七月半ばのことで、おれはそれまでふたりが声を荒げることなんか見たこともなかったから驚いたのだけれど、まあ大人にもいろいろあるよななんて呑気に思っていたら、父はその翌日に普段通りのスーツ姿で普段通りに出発したのを最後にいちども帰ってこない。父が出ていってからの母は常に泣くか怒るかしていて従来の穏やかな性格からは想像できないような状態になってしまったけど、夏休みに入ると帰宅がだんだん遅くなっていき、それまでしなかった外泊もするようになって、お盆をすぎる頃には完全に帰ってこなくなった。銀行口座には父と母の両方から何日かに一度お金が送金されてくるがそれ以外での音沙汰は一切ない。母がいなくなってからの数日はできる範囲でやっていた掃除とか自炊も、だんだんばかばかしくなって、今や家のいたる所にほこりがたまっている。テレビのニュース番組では九月になり未成年の自殺者が増えていると報じられていた。
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翌朝。陸上部のピストルの音が晴れた空を撃ち抜く。その音が窓ガラス越しに聞こえてくる七時三十分の教室。そこにはまだおれひとりしかいなくて、依然として強い九月半ばの日差しは、黒板や机や掲示板のポスターや出入り口のドアなどに影を作って黒く塗りつぶす。
やがて教室のドアが開いてキヤマが入ってきた。真っ赤な縁の眼鏡を掛けたクラスでいちばん背の小さな女子は影のなかから光のもとへと眠たそうな足取りで以て姿を表した。昨日と同じように。一昨日とも同じように。キヤマはおれの姿を見つけて「おはよぉう」と気だるげに挨拶してくれた。
それで充分だ。それだけでおれは、自分がここにいて良いのだと思うことができる。ここにいることを許されていると思うことができる。その視線が自分に向けられるそのわずか十数秒のためだけにおれは学校にくることがちゃんとできている。おれは大丈夫だ。おれは恋をしていて、だから大丈夫だ。

あとがき
「つきあう」とか「結婚」とか、何かの結果がなくても、ただ目の前に恋があるだけで救われた日々が、きっとあったでしょう。
2026/05/09/辺川銀


