昨日のおれを描く


 倉庫内での仕事を終えて自宅に帰り着くと日付が変わっていた。冷凍食品の炒飯を解凍して食べてからおれはキャンバスの前に座り絵筆を手に取った。テレビン油の匂いが染みついた六畳弱のワンルームで来月末に予定している個展に向けた絵を描き進める。個展を開けば期間中に数枚ほどは絵が売れるのだが大抵は会場費と材料費をなんとか賄えるぐらいの売上にしかならない。美術大学に通っていた頃は絵を描いて売るだけで生活できる画家になるのだと息巻いていたのだが三十歳を迎えた現在において当時の目標が達成されそうな兆しは全くない。田舎で暮らす両親はおれが絵を描くことを長年応援してくれたし東京でひとり暮らしをしながら美術大学に通う資金も出してくれたのだが二年前に親父が定年退職してからというもの「絵はそろそろ諦めたらどうだ?」とか「今からでも正社員を目指してみない?」などと言われることが増えた。にもかかわらずおれは今夜も絵を描く。
 
 地元にいた頃は十歳年上の従兄が週末のたびに車でやって来て「映画館に行こう」とおれのことを誘った。当時のおれは部活動やアルバイトなどしていなかったし友だちや恋人もおらず週末に家にいても絵を描くこと以外にすることはなかったから従兄からの誘いを断る理由はなかった。従兄と見る映画には面白いものもあったがつまらないものもあった。全身の皮膚が粟立つほど刺激的なものもあった。居眠りせずに二時間耐え抜くことが困難なほど退屈なものもあった。上映時間を通して胸の奥に灯された小さな火のような思いが何日経っても静かに燃え続けて消えないようなものもあった。あまりにも空虚で翌日には主人公の名前や顔さえ思い出せなくなるものもあった。それでもおれは家を出る支度をして従兄の車に乗り込み映画館へと向かうあいだ「今日これから観る映画が面白いと良いな」といつも期待をした。おれは従兄と一緒に映画を見ることがけっこう好きだったのだ。
 
 美術大学時代の同期のうちおれが最も親しくしていた男は現在イラストレーターとして活躍しており書店に行けば彼の描いた絵が表紙を飾っている本が何冊か見つかる。彼とおれとは今も親交があり月にいちどぐらいの頻度で食事を共にする。数日前に会った際には彼の妻子も交えた四人で児童向けのアニメ映画を観た後に回転寿司チェーンで昼食をとった。その席でかれは自身の仕事について「クライアントの注文通りに描いているだけだ。自分の描きたいものを描いても特に評価はされない。学生時代に夢見た仕事とは程遠いものだよ」と息子の食べ残した鶏の唐揚げをつまみながら語っていた。今年の春から小学生になったのだという彼の息子は彼の妻に似た優しい目をしている。彼の妻もまた美術大学時代の同期だ。当時はよく三人で飲みにいき笑い話も真剣な話も無数に交わしあった。あの頃おれが彼女に想いを寄せていたことは後にも先にも誰も知る必要がないと思っている。

 従兄と映画を観に行く習慣はおれが進学のため上京するまで続いた。映画館を出た後は決まって帰りの車の中で感想を語り合った。おれは面白い映画を観れば面白かったと言ったし酷い映画を見たら酷かった言ったが従兄はすこし違った。どんなに酷い映画であっても従兄はその作品の良かったところについて話をした。「主演の演技は下手くそだったけど酒場のシーンに出てきたお婆さんの役者は迫力があったね」とか。「説明不足のストーリーだったけど最後に敵が大爆発する場面はちょっとスカッとしたよね」とか。そんな従兄が間もなく亡くなるという知らせを受けたのはおれが美術大学を卒業した直後のことだった。本人の希望でおれには隠していたが治らない病気を患っており長生きできないことはかなり前から分かっていたのだという。「でも悪い人生ではなかったよ」と息を引き取る前日に従兄はおれに微笑みながら言った。酷い映画の感想を話してくれたときみたいに。

 眩しさを感じて目を覚ますとカーテンの隙間から差し込む光が顔にあたっている事に気づいた。ひんやりとしたフローリングの上におれは寝転んでいた。すぐ傍には椅子が倒れており木製のパレットは絵具を乗せた面を上にして床に落ちていた。それらの状況から昨夜の自分が絵を描きながら意識を失うようにして眠ってしまったのだとおれは理解した。自覚していた以上に疲れていたのだろう。手をついて起き上がると身体のあちこちに痛みがあったが頭はすっきりしていた。イーゼルに立てかけてある描きかけの絵に目をやると夜に絵具を塗った部分が乾いておらずきらきら光っていた。おれはそれを見て、なかなか悪くない絵だなと思った。誰かに高く評価されることはないかもしれないが、それでも悪くない絵だ。おれは今日も夕方から倉庫内の仕事をして帰宅したあとはこの絵の続きを描くのだ。シャッと音を立ててカーテンを開いた。両手を頭の上で組んで大きく伸びをした。


 

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