試験管と妖精

 今夜は満月で風もないのに庭先に植えられた植物たちは乾いた音を立てて揺れた。わたしは部屋の中に引きこもり勉強机に向かい試験管の中に妖精を作っている。妖精を作るのはそんなに難しいことではなく必要な材料も比較的身近で手に入るものたちばかりだ。銀色のスタンドの中に並べた二十本ほどの試験管の中にピンセットやスポイトを使って正確な順序と分量を守りながら材料を加えていく。先ずはツバメの羽根、次に線香花火の灰。少し強めの睡眠薬を試験管一本につき一錠半、これはすり鉢で細かく砕いて入れる。コーラの缶を開けて、泡立てないように気を付けながら慎重に注いでいく。仕上げにはホームセンターで売っている妖精の素という粉を一袋づつ試験管の側面に付着しないように注意深くふりかけ、そこまで終わったら三分間のタイマーをセットし部屋の灯りのスイッチを切り真っ暗の空間で時間が経つのを待つ。

 わたしには妹が居る。妹はわたしよりふたつ歳が下で可愛い見た目をしている。わたしと違って可愛い見た目をしている。はっきりとした目鼻立ちにすらりとした身体つきをしていて、お洒落な髪型も素敵な洋服も似合うので男の子からも女の子からも誰からも可愛いと言われる。そのうえすこぶる賢く、テストの点数もわたしと違って良いのでママからもパパからもいつでも褒められてばかりだ。心優しい性格をしており他人を喜ばせることが好きで趣味はひとに贈り物をすること。わたしにも時々チョコレートやコーラなんかを買ってきてくれる。わたしには妹が居る。わたしは常に妹のことを心の底から激しく妬んでいる。

 三分間が過ぎセットしたタイマーが鳴るとわたしは部屋の明かりを付け机の上の銀色のスタンドの中に並べた二十本ほどの試験管に目を遣る。今夜は満月で風もないのに庭先に植えられた植物たちは乾いた音を立てて揺れた。試験管の中には妖精が生まれている。同じ材料から同じ工程で作ったにも関わらず妖精たちはひとつひとつが驚くほど異なる姿形をしている。身体の大きなものも居れば小さなものも居るし美しいのも醜いのも、宝石のように煌びやかな羽根を持ったものが居たかと思えば身体の半分がどろりと崩れ落ちきちんとした形を成すことすらできなかったものまで居る。わたしは試験管を一本づつ手に取り、中で漂っている出来上がったばかりの妖精を成功と失敗の二種類に分類して仕分ける。この子は成功。この子も成功。これは失敗。こっちも失敗作。薄めたコーラを張った水槽をふたつ用意し、成功の妖精は成功の水槽、失敗の妖精は失敗の水槽にそれぞれ生み落していく。ずっと前にテレビで見たヒヨコのオスとメスを仕分ける仕事に似ている。これも失敗作。これは大成功。

 わたしと妹は同じママと同じパパの間にそれぞれ生まれた子どもだ。だけど酷く不平等なことにわたしと妹のふたりは、同じ両親から同じ方法で以て発生しこの世に生まれたというのに見た目も頭脳も性格も信じられないくらいすべてが正反対だ。わたしの妹は可愛く賢くそして優しいのでわたしのママは当たり前なのだが妹のことをすごく大事にしている。一方のわたしは妹と違って可愛くも賢くもなければ、優れた妹を常に妬んでいるような歪んだ性格の子どもなのでこれも当然ながらママはわたしのことをあまり大事にはしない。ママは妹のことを「私の最高傑作」というふうに称しわたしのことは何かあるたびに「失敗作」だと言った。

 出来上がった妖精を成功と失敗の二種類に分別して仕分ける作業を終えると、グラスにコーラを注いだ。成功と失敗どちらも十匹でちょうど半数づつという結果だった。注がれたコーラはしゅわしゅわ微かな音を立て細かな泡を浮かべたがわたしはまだそれを飲まない。成功した妖精の水槽の中から、とりわけいちばん綺麗な羽根と顔を持った一匹を指で摘まみ上げ掌の上に乗せて座らせた。その妖精は水晶のように半透明な薄桃色の羽根とブロンドの長い髪をしており、目が合うと甘く品の良い笑みを口元に浮かべてわたしに投げかけた。綺麗な綺麗な妖精はわたしの掌の上で笑いなのでわたしもにこりと笑い返しそしてそのまま指をぎゅっと閉じ妖精を握りつぶした。妖精は潰れる寸前はっと驚いた表情を見せたが妖精なので声も上げることもなく次の瞬間にはわたしの手の中で光の粒になり壊れて消えていった。成功の方の水槽に漂っていた他の妖精たちについてもわたしは一匹づつ同じような手順を踏み握りつぶして壊した。成功した妖精をすべて壊し終わると今度は窓を開けて、もう一方の水槽で浮いたり沈んだりしている失敗作の妖精たちを部屋の外へと放した。窓をふたたび閉め、炭酸のすっかり抜けた不味いコーラを飲んだ。今夜は満月で風もないのに庭先に植えられた植物たちは乾いた音を立てて揺れた。

 

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