赤く光る街

 学校帰りにウラ町へ立ち寄る。ウラ町の空は一面が塗りつぶしたように真っ黒で建物はビルも駅もお店もすべて燃えるように真っ赤だ。常にサイレンが鳴り響いており暑くも寒くもない。道行くひとたちはみんなひとの姿ではなくどろどろした絵の具の塊のような格好をしている。どろどろの身体をずりずりと引きずるようにして行き交う。紫色のどろどろに向かってこんにちは、と私は声を掛ける。紫色のどろどろは私の挨拶を無視する。赤のどろどろに話しかけても黄色のどろどろに話しかけても同じだ。ウラ町の空は一面が塗りつぶしたような真っ黒で建物は全て燃えるような真っ赤だ。ウラ町では誰もが私を無視する。ウラ町では常にサイレンが鳴り響いているがそんなものを気にするひとなど誰ひとりとしていない。ひとびとはみんなどろどろした絵の具の塊のような格好をしている。

 家に帰るとお父さんとお母さんがテーブルを囲んでいる。テーブルの上には三人分の夕食が並べられているが手を付けられてはいない。両親は帰宅した私を見つけると「おかえりなさい」と言い、なので私はにこにこと笑って、ただいま、と返さなければいけない。私が鞄を置き食卓に着くと、両親は「いただきます」と声を揃えて言い、それでようやく食事に箸を付け始める。この家の夕食は私が帰宅して食卓に着くまでは決して始まらない。私のお父さんとお母さんは私のことをとても愛している。 

 学校帰りにウラ町へ立ち寄る。一面が塗りつぶしたように真っ黒な空を見上げながら燃えるように真っ赤な建物の間を縫い私はウラ町を歩いた。色とりどりのどろどろたちが身体をずりずり引きずりるようにやって来ては私とすれ違った。ウラ町の入り口から十分ほど歩いて地下への階段を降りると、ロッカールームがある。人目を遮り着替えることのできる個室のロッカールームだ。個室のロッカールームに入ると私はまず制服や下着を脱ぎすっかり裸になる。ウラ町には常にサイレンが鳴り響いておりその音はロッカールームにまで聞こえる。裸になった私は次に私を脱ぐ。着ぐるみを脱ぎ捨てるように私は私を脱ぎ、脱いだ私は壁のハンガーに掛ける。私を脱ぎ捨てた私は青い色どろどろした絵の具の塊みたいな生き物の姿になる。青いどろどろになった私はずりずりと身体を引きずるようにして階段を登っていく。ウラ町では常にサイレンが鳴り響いており暑くも寒くもない。ウラ町の通りを私はずりずりと身体を引きずるようにして歩き始める。

 リビングを出て二階にある自室に向かおうとするとお父さんとお母さんが私の名前を呼び、「おやすみなさい」と言う。だから私は振り返りにこにこと笑って、おやすみなさい、と返さなくてはいけない。「愛してるよ」とお父さんは私に言い「愛してるよ」とお母さんは私に言い、なのでわたしも愛してるよおやすみなさいと言ってからでなければ階段を登り自室に引き上げることができない。自室に戻り内側から鉄の錠を掛けると、私はにこにこしたまま天井に向かって、はぁ、と深く溜め息をひとつ吐いた。

 学校帰りにウラ町へ立ち寄る。服を脱ぎ私を脱ぎ捨てた私は青い色のどろどろした絵の具の塊のような生き物になって身体を引きずりながらウラ町の通りをずりずりと歩いて行く。ウラ町の通りを行き交うひとはみんなどろどろした姿をしている。空は一面が塗りつぶしたように真っ黒で建物はビルも駅もお店もすべて燃えるように真っ赤だ。ウラ町のひとは誰もが私を無視するがどろどろになった私はもう誰にも話しかける必要がないのでひとりでずりずりしている。ふと顔を上げると向こう側からひとがひとり歩いてくるのを見つけた。そのひとは私と同じぐらいの歳頃の男の子でどろどろの姿ではなく普通の人間の姿をしていた。男の子は私を見つけるとニコリと笑いながら「こんにちは」と私は声を掛けたが私は返事をせず、すっかり無視してひとりでずりずりしている。学校帰りにウラ町に立ち寄る。ここに来ればわたしは私を脱ぎ青い色のどろどろになることができるし、どろどろになれば誰に話しかける必要もなく誰に返事を返す必要もないのだ。ウラ町では常にサイレンが鳴り響いており暑くも寒くもない。ここはパラダイスだ。

                  

 

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