声の墓標-最終話

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 病院のベッドに横たわるおじいさんは、もう何日も食事を取っていない。お医者さんによると内臓がほとんど動いていないそうで、生きられるのはあと数日だという。あんなにたくさん読んでいた本も手に取らなくなった。「私の人生は、良い人生だったろうか」おじいさんは、空気が抜けるような本当にかすかな声で、わたしにそう尋ねた。

 町の街路樹が赤や黄色に染まり始めた頃。桃太郎を自称する男はその日の朝も普段どおりの六時に目を覚まし、仕事に行くといって、私の家を後にしたのだが、夜になっても帰ってこなかった。何の気なしにテレビを付けてみると、男の顔写真が液晶画面に大きく映し出されたので、わたしは息を呑んだ。それは民法の報道番組だった。あの男は、電波塔の鉄骨をよじ登って逮捕されたのだという。「男は意味不明な供述をしており…」と、アナウンサーは無機質な口調で言い、そりゃあそうだろうと、わたしはぼんやり思った。

 男がテレビで報道された翌日。男の身内だという年老いた夫婦がわたしの家に来て、男の荷物をすべて引き上げていった。男の母親だという総白髪の女性は「ご迷惑をおかけしました」と、わたしに対して何度も頭を下げた。とはいえ男の荷物が運び出されても、家の中の風景に大きな変化はなかった。それからというもの、あの男がどうしているのかをわたしは少しも知らない。

 男の奇行はインターネット上で数日のあいだ笑い話にされ、すぐに忘れられた。
 あの男が嗤われているのを見て、わたしはどうしてだか、嫌な気持ちになった。

 今日は天気が良く、病室の窓からも電波塔が見えた。もう瞼を持ち上げる体力さえ残っていないのか、目を瞑ったままでおじいさんは喋った。「人の生き死には、何も意味がない。意味はないのだけど、良い人生、意味のある人生だったと、思いたがっている自分もいる。私の人生には、意味があっただろうか」
 少し悩んでから、わたしはこう答えた。おじいさんの言うとおりで、確かにわたしたちの生き死にには、意味がない気もする。だけど意味がないから、意味を作るんだなとも、わたしは最近思った。おじいさんのことが、わたしはずっと好きだよ。
 するとおじいさんは、本当に久しぶりに、わたしに笑顔を見せ、それがわたしたちの最後の会話になった。

この作品は、8/31~9/2にかけて行われた、マリネロさんの個展のために書き下ろしました。




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