掌編小説

掌編小説

あの日に望んだ美しさじゃなくても

虫人というのは虫の血が混じった人間のことだ。彼らは普段、普通のひととまったく同じ見た目をしているけど、満月の夜に青い花の匂いを嗅ぐと羽根や触覚が生え、巨大な虫の姿に変身するという。
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Don’t Look Back In Anger

母はきっと私に、いつまでも小さく弱く何も出来ないまま、何も自分で決められないままで居てほしかったのだ。
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骨と貝殻、マドレーヌ

彼に手を握られていたから、手首に巻いた腕時計の文字盤を見ることができず、ああ、ひとと手を繋ぐというのは、非常に不便なのだなと思いました。
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父のようにはなれない

子どもの頃からどこに行っても『あの人の娘だからきっと美人になるね』って必ず言われたのよ。そりゃ最初のうちは素直に、自分は将来美人になれるんだ楽しみだなって受け取っていたけど、十代にもなるとだんだん現実見えてきちゃうからさぁ。
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あの場所まであと半日

ねえそろそろ結婚するんでしょう? とわたしたちをよく知る友人たちにからかわれることもだんだん増えてきて、そういうことはもちろん、わたしの頭の中にも、おそらく彼の頭の中にもあった。
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金魚鉢の中へ

ああ替えが効かない相手が増えるほど一生は不自由になっていくというのに私が居ないとご飯も食べられないアンタたちはなんて不自由なんだろう!
天国を探して

天国を探して-第1話

アサクラさんのことを俺は嫌っていた。そして軽蔑していた。今年で二十四歳になるというのにこんなコンビニでフリーターをやっているような男だからだ。
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だってあなたは不幸の方しか見ない

――母はよく言いました。『お父さんは私たちよりも恵まれないひとをいつも助けている。私たちは恵まれているから、少しぐらい寂しくても我慢しましょうね』
声の墓標

声の墓標-第1話

おじいさんが変わってしまったのは、わたしがちょうど思春期に差し掛かった頃だ。その視線にはもう、かつてのような優しさは見受けられなかった。わたしは徐々におじいさんのことを怖いと思い始めた。
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星を拾う夏

この街は空が近いので夜になると流れ星がたくさん落ちてくる。だから星のかけらなんて、秋に見かける栗の実よりもたくさん落ちている。「この街で拾った星のかけらを燃やして、燃え尽きるまでの間に願いごとをすると、それは叶うんだって」
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どうしてあの子が選ばれたのだろう

貧しさそのものも嫌だったのだけれど、それ以上に、ここに生まれたからといって豊かさを諦める周囲の卑屈さを、強く嫌悪した。いつか豊かになって「自分たちはこの街に生まれたから豊かにはなれない」なんていっているやつらに、その間違いを認めさせてやるのだ。
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あなた無しでも生きることは簡単

お互いが居なければ生きてさえいけない。そう思っていたあたしたちの関係に変化が生じたのは去年の末頃だった。あたしたちは、お互いが居なくても生きていけるようになってしまっていた。
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あの日のための何もかも

思えばわたしの人生は、ずっとこういう感じだ。できなかったことばかりが幾つも積み重なって、帳尻を合わせも間に合わずに、自信のない、卑屈な大人になった。
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わたしに価値はないかもしれないが

テレビを点けても、大人たちの話に耳を傾けても、美人には価値があって、美人から遠いものほど価値が少ないのだと、異口同音にみんなが言っていた。
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父の遺言

父はいちども目覚めることはなかった。わたしが長く眠りすぎた日、このひとは、わたしが泣いて謝るまで、怒鳴り散らしたというのに。機械のスイッチをこの手で止めてやろうか。そんな衝動にわたしは何度も駆られた。