掌編小説

掌編小説

星を拾う夏

この街は空が近いので夜になると流れ星がたくさん落ちてくる。だから星のかけらなんて、秋に見かける栗の実よりもたくさん落ちている。「この街で拾った星のかけらを燃やして、燃え尽きるまでの間に願いごとをすると、それは叶うんだって」
掌編小説

どうしてあの子が選ばれたのだろう

貧しさそのものも嫌だったのだけれど、それ以上に、ここに生まれたからといって豊かさを諦める周囲の卑屈さを、強く嫌悪した。いつか豊かになって「自分たちはこの街に生まれたから豊かにはなれない」なんていっているやつらに、その間違いを認めさせてやるのだ。
掌編小説

あなた無しでも生きることは簡単

お互いが居なければ生きてさえいけない。そう思っていたあたしたちの関係に変化が生じたのは去年の末頃だった。あたしたちは、お互いが居なくても生きていけるようになってしまっていた。
掌編小説

あの日のための何もかも

思えばわたしの人生は、ずっとこういう感じだ。できなかったことばかりが幾つも積み重なって、帳尻を合わせも間に合わずに、自信のない、卑屈な大人になった。
掌編小説

わたしに価値はないかもしれないが

テレビを点けても、大人たちの話に耳を傾けても、美人には価値があって、美人から遠いものほど価値が少ないのだと、異口同音にみんなが言っていた。
掌編小説

父の遺言

父はいちども目覚めることはなかった。わたしが長く眠りすぎた日、このひとは、わたしが泣いて謝るまで、怒鳴り散らしたというのに。機械のスイッチをこの手で止めてやろうか。そんな衝動にわたしは何度も駆られた。
掌編小説

待ちびとの島

今日よりも良い明日が来ることはないから、生きて明日を迎えることも嬉しいことではない。生きていることが嬉しいことではないから、死ぬことは悪いことではなく、友だちが死んでも悲しんだりはしない。
掌編小説

さようなら神さま

あんな目にあったのは何故わたしだったんだろう。理由を知って納得しなければ、あの出来事を過去にすることはきっとできないと思っていた。
掌編小説

最後のヒト

生まれた理由を反故にしたわたしは、本当にこうして、生きて良いのだろうか?
掌編小説

わたしの鳥のために

夫がわたしを抱けなくなってからどれだけ経っただろう。わたしの夫は、わたしがわたしのうつくしさを使うために必要な機能をすでに失くしてしまった。
掌編小説

ありきたりの失恋をしただけ

恋した相手に好きなひとがいた。それは自分ではなかった。失恋というのはそういうものだと思う。だから普通に失恋しただけだ。
掌編小説

抗う者のピアス

男に抱かれる時わたしは決まってある寄生虫のことを頭に思い浮かべる。この身体は他の誰のものでもない。私だけのものだ。
掌編小説

雨が降っても花は笑わない

彼女の濡れたワイシャツからは下着の紐や白桃色の肌がうっすらと透けており僕は鉛を飲み込んだような鈍い重さを喉の奥に感じた。
掌編小説

さよならラムネ菓子

五年前とか十年前と比較しても世の中はたいへん便利になりひとが自殺をするのもずいぶん簡単になった。
掌編小説

タマゴとハンバーグ。それからレモンのお酒

私たちは決まって毎朝出かける前にその日の夜にすることをひとつ約束する。そのほとんどは小さな約束だ。