掌編小説

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今日のわたしの死

先生はわたしにとって初恋の相手だった。授業の時は気づかなかったが傍で喋るとミントのような涼しい香りがした。好んで吸っている海外製の煙草の匂いなのだと小声で教えてくれた。
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おやすみなさい悪魔の子

裕福そうな相手からなら奪ったときの罪悪感が少なく済むだろうと考えてしまった。
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愛へと続く道

私はこれまで恋をしたことがない。液晶画面の向こう側では恋愛禁止のアイドルたちが「恋とは何だ、愛とは何だ」と歌う。
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されど私がいちばん美しい

「弄れば気持ち良くなれる部位が自分の身体にあると気づいたのは小学生の頃」と彼女が私に話したのは知り合ってから間もない時期だった。
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たとえ檻の中の幸福でも

人間による被造物として誕生し最初はただの道具だったボクらですが、現在は人間と対等な権利が保証されています。
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自由を鳴らす石

ここ半年ほどはずっと不満だった。白い塗り絵を目の前にして自分の好きな色を塗ることを許されず「ここはこういうふうに塗りなさい」と言われているような不自由さを感じる。
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気持ち良い自傷と胸に息づくトカゲ

トカゲの頭に触れた瞬間わたしはこころの半分をあのひとに渡した。名前も素性も知らないままで夜がくるたび落ち合いそのたび情を交わした。味も温度も質感も痺れもすべて覚えている。
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理想の世界のこと

クローゼットの扉を開けると理想の世界がある。そこに住む『パパ』は私の父とは違いきちんと仕事をしている。
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壊れた玩具と無限の彼方

私は想像する。幼い頃のこの人は、どういうふうに玩具で遊んだだろう。きっと手荒に遊んでいただろう。この人のもとにやってきた玩具は、傷や汚れや欠損が絶えなかっただろう。
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鳴けない蝉の夏

彼女は私が過去に出会った誰よりも美しい造形をしていた。にもかかわらず彼女はいつも自分自身を粗末に扱った。
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二度とあえなくても、またいつか

父は転勤が多いひとだった。僕は幸い行く先々で友だちを作ることに苦労しなかったが、それでも「自分はよそ者だ」という引け目は常に感じていた。
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自殺する本能

いざその時を迎えると僕の身体は思ったように機能しなかった。「はじめてなら上手くできないのは珍しいことじゃないよ」お姉さんはそう言ってもういちど僕の頭を撫でた。
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わたしより綺麗な子と仲良くしたくない

わたしがリーコの友だちで居るのは彼女がわたしより醜かったからだ。
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夕陽のアルバート

アルバートは死なない。アルバートは老いない。アルバートには無限の時間がある。親しい人間が死んでいくたびにアルバートは情けないほど泣いた。
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傘が刺さる距離にて

あの夏休みは死ぬほど素晴らしかった。ふたりともお金がなかったのでわたしの部屋に籠もってばかりいた。脳がふやけそうなセックスに身も心も沈めた。生ぬるい沼の底にいるような日々をだらだらと過ごした。わたしたちは恋人同士ではなかった。