掌編小説 今日のわたしの死 先生はわたしにとって初恋の相手だった。授業の時は気づかなかったが傍で喋るとミントのような涼しい香りがした。好んで吸っている海外製の煙草の匂いなのだと小声で教えてくれた。 2020.05.18 掌編小説
掌編小説 自由を鳴らす石 ここ半年ほどはずっと不満だった。白い塗り絵を目の前にして自分の好きな色を塗ることを許されず「ここはこういうふうに塗りなさい」と言われているような不自由さを感じる。 2019.12.01 掌編小説
掌編小説 気持ち良い自傷と胸に息づくトカゲ トカゲの頭に触れた瞬間わたしはこころの半分をあのひとに渡した。名前も素性も知らないままで夜がくるたび落ち合いそのたび情を交わした。味も温度も質感も痺れもすべて覚えている。 2019.10.10 掌編小説
掌編小説 壊れた玩具と無限の彼方 私は想像する。幼い頃のこの人は、どういうふうに玩具で遊んだだろう。きっと手荒に遊んでいただろう。この人のもとにやってきた玩具は、傷や汚れや欠損が絶えなかっただろう。 2019.08.26 掌編小説
掌編小説 二度とあえなくても、またいつか 父は転勤が多いひとだった。僕は幸い行く先々で友だちを作ることに苦労しなかったが、それでも「自分はよそ者だ」という引け目は常に感じていた。 2019.08.11 掌編小説
掌編小説 自殺する本能 いざその時を迎えると僕の身体は思ったように機能しなかった。「はじめてなら上手くできないのは珍しいことじゃないよ」お姉さんはそう言ってもういちど僕の頭を撫でた。 2019.08.09 掌編小説
掌編小説 傘が刺さる距離にて あの夏休みは死ぬほど素晴らしかった。ふたりともお金がなかったのでわたしの部屋に籠もってばかりいた。脳がふやけそうなセックスに身も心も沈めた。生ぬるい沼の底にいるような日々をだらだらと過ごした。わたしたちは恋人同士ではなかった。 2019.06.11 掌編小説