掌編小説

掌編小説

夕陽のアルバート

アルバートは死なない。アルバートは老いない。アルバートには無限の時間がある。親しい人間が死んでいくたびにアルバートは情けないほど泣いた。
掌編小説

傘が刺さる距離にて

あの夏休みは死ぬほど素晴らしかった。ふたりともお金がなかったのでわたしの部屋に籠もってばかりいた。脳がふやけそうなセックスに身も心も沈めた。生ぬるい沼の底にいるような日々をだらだらと過ごした。わたしたちは恋人同士ではなかった。
掌編小説

わたしが醜く悪い子になったら

スマートフォンには今日会うはずだった彼氏からのメッセージが数件届いていた。わたしはその内容を読むことなくスマートフォンを鞄の中に戻した。
掌編小説

彼女は明日もゆっくり歩くだろう

「私の父はどうして死んだのだろう」「どうして私の母はあんなひとなのだろう」「なぜ私ばかり家族のことで辛い思いをしなければいけないのだろう」と自身の境遇を呪った。
掌編小説

ある悪人について

駅で盗撮をした男が逮捕された。ニュースサイトのコメント欄には犯人に向けた非難と軽蔑と嘲笑で溢れかえっていた。
掌編小説

あなたが神さまになっても

兄は数年前から神さまを自称するようになった。僕は頭が良くないので神さまというのがどんなものなのかを理解することができない。でもあの立派な兄が自分のことを神さまだというなら、実際に兄は神さまなのだろう。
掌編小説

正義も愛も報われない日のこと

「正しく生きれば報われるなんて。恵まれた世界しか知らないのね」
掌編小説

私を好きなひとへ

両親は彼らなりに姉のことを愛していたと思う。だけど彼女がどんな人間かを理解することは、ついぞできなかった。
掌編小説

夢と魔法のペルフェティ

ペルフェティの姿を目の当たりにしたとき僕は驚いた。道化師のような化粧を施したペルフェティが男性とも女性ともつかない美しくユニークな格好をしていたからではない。
掌編小説

諦めた者の夕べ

ひとつの夢を諦めずに続けて叶えるひとは稀だ。だが一方で諦めずにいること自体はとても簡単だ。それよりはむしろ諦めることの方がずっと難しかった。
掌編小説

青と稲妻

彼と交際してみて気づいたことがある。愛にまつわることだ。十四歳の子どもに過ぎないわたしが愛なんて言葉を取り扱うのは不適切かもしれない。けれど他にしっくりとくる言葉を思いつくことも今のわたしにはできない。
掌編小説

娘は小石を王子に見立てて姫の役を演じる

学芸会で劇をやりました。僕がその時、演じたのは、舞台の背景に置かれている石ころの役です。台詞はなく、はじめから終わりまで動くことのない、つまらない石ころの役です。なぜそんな役をやっていたと思いますか?
掌編小説

夢を叶えたあとのこと

ただただ必死に働くうちに自分の夢はかなっていたようだ。気づけばすっかり満足していたのだ。だから「これからどういう人生を歩んでいきたい?」と訊かれた時、私は言葉に詰まった。
掌編小説

由香里の薔薇が死んでいる

この世界の仕組みは非常に単純だ。「良いことをした者には嬉しいことが起こる」「悪いことをした者には悲しいことが起こる」たったこれだけだ。
掌編小説

Mal tiempo buena cara

以前のワタシは、自分の人生の何もかもを、他者の決定に委ねるだけだった。自分がこんなに、何かに悩むなんて、想像することもなかったのだ。