掌編小説 それは硬くてひんやりとしていた 私は過去に一度も恋をしたことがなく他者から恋心を向けられることも苦手だ。だが空飛ぶ鳥を見て劣等感を抱く人間があまりいないのと同じで私も自分が恋愛できないことについて特に引け目を感じる事はない。 2021.12.30 掌編小説
掌編小説 だからずうっとふたりで暮らすと思う ママは泣き虫だった。わたしが万引をして捕まったときも、不登校になって担任が家に尋ねてきたときも、ママはいつだって「私が悪いんです」といってわたしの顔を見ることなく泣いた。 2021.05.28 掌編小説
掌編小説 車輪よ空へ、翼よ町へ どうしてこんなつまらない田舎に生まれちゃったかなあ。どうしてあんな両親のもとに生まれちゃったかなあ。そんなふうに思ったことは一度や二度じゃない。 2021.04.27 掌編小説
掌編小説 ローカル線と最終巻 わたしはお姉ちゃんだから我慢する役割を務める義務があった。わたしひとりが我慢すれば丸く収まる。他のひとが嫌がる役回りを笑顔で引き受ける。自分に用意されている人生はそういうものなのだと思っていた。 2021.03.13 掌編小説
掌編小説 魔法使いと携帯電話 あの大学に入学できるのはエリートばかりだといわれる。だが実際にはそのほとんどが入学後もさらに続く競争に敗れ自身の凡庸さに失望し理想と現実との間にある落とし所を探ることに卒業までの時間を費やすことになる。 2021.01.13 掌編小説
掌編小説 拾われなかった小さな仔猫 十代だった当時のわたしは生まれ育った土地から逃げてきたばかりでお金も仕事も住所も持たず何の価値もない小娘でしかなかった。だがあのひとはそんなわたしをびっくりするほど高い価格で買った。 2020.12.19 掌編小説
掌編小説 プリズムの家 私の家は様々なひとを招き入れる場所だ。だから家具や調度品は誰の目にも好ましく映るものだけが並んでいる。たとえ私が良いと思ったものでも、好き嫌いが分かれそうなものであれば、家の中からひとりでに消えてしまうのだった。 2020.11.18 掌編小説