掌編小説

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拾われなかった小さな仔猫

十代だった当時のわたしは生まれ育った土地から逃げてきたばかりでお金も仕事も住所も持たず何の価値もない小娘でしかなかった。だがあのひとはそんなわたしをびっくりするほど高い価格で買った。
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音なく登る泉

わたしは何も自分で選べない。誰かに代わりに決めてもらわなければ何も選べない。
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プリズムの家

私の家は様々なひとを招き入れる場所だ。だから家具や調度品は誰の目にも好ましく映るものだけが並んでいる。たとえ私が良いと思ったものでも、好き嫌いが分かれそうなものであれば、家の中からひとりでに消えてしまうのだった。
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宇宙と連れ添って

「もちものぜんぶを一度に見せてしまえば君はもう僕に興味をなくしてしまうかもしれない。そうなることが怖いから、今日はここまで、続きはまた明日」
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泥とチョコレート

あたしは泥を食べたことがある。小学生の頃に「これはチョコレートだよ」とクラスメートから渡された泥の塊を本物だと信じて口に運んだのだ。
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死ぬことのない恋

わたしたちは一緒に過ごすことがいちばん自然なのに離れようなんて考える意味が分からなかった。
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あした世界が沈むとしても

用意された道を不満なく歩けるのが私という人物だと思っていた。けれどそれは間違いだったかもしれない。
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祈る思いの強いほど

彼女の写真はまるで魔法のようだ。単に被写体の在りようだけではなく、シャッターを切る瞬間の、彼女自身の心の動きまでもをフィルムに焼きつける。
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小人のために踊る夜

彼のピアスに前歯を当てながらそっと囁いた。あたしたちのこと彼女にバレちゃったよ、と。次の瞬間上半身を起こしてこちらを見た彼の顔からは血の気が引いていた。それを見たあたしは満足して、嘘だよ、と笑った。
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今日のわたしの死

先生はわたしにとって初恋の相手だった。授業の時は気づかなかったが傍で喋るとミントのような涼しい香りがした。好んで吸っている海外製の煙草の匂いなのだと小声で教えてくれた。
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おやすみなさい悪魔の子

裕福そうな相手からなら奪ったときの罪悪感が少なく済むだろうと考えてしまった。
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愛へと続く道

私はこれまで恋をしたことがない。液晶画面の向こう側では恋愛禁止のアイドルたちが「恋とは何だ、愛とは何だ」と歌う。
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されど私がいちばん美しい

「弄れば気持ち良くなれる部位が自分の身体にあると気づいたのは小学生の頃」と彼女が私に話したのは知り合ってから間もない時期だった。
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たとえ檻の中の幸福でも

人間による被造物として誕生し最初はただの道具だったボクらですが、現在は人間と対等な権利が保証されています。
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自由を鳴らす石

ここ半年ほどはずっと不満だった。白い塗り絵を目の前にして自分の好きな色を塗ることを許されず「ここはこういうふうに塗りなさい」と言われているような不自由さを感じる。