掌編小説

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それは硬くてひんやりとしていた

私は過去に一度も恋をしたことがなく他者から恋心を向けられることも苦手だ。だが空飛ぶ鳥を見て劣等感を抱く人間があまりいないのと同じで私も自分が恋愛できないことについて特に引け目を感じる事はない。
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だからずうっとふたりで暮らすと思う

ママは泣き虫だった。わたしが万引をして捕まったときも、不登校になって担任が家に尋ねてきたときも、ママはいつだって「私が悪いんです」といってわたしの顔を見ることなく泣いた。
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車輪よ空へ、翼よ町へ

どうしてこんなつまらない田舎に生まれちゃったかなあ。どうしてあんな両親のもとに生まれちゃったかなあ。そんなふうに思ったことは一度や二度じゃない。
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歯車の音

私の半生は概ねそんな調子だ。多くの出来事が私自身の納得を置き去りにしたまま過ぎてきたのだった。
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ローカル線と最終巻

わたしはお姉ちゃんだから我慢する役割を務める義務があった。わたしひとりが我慢すれば丸く収まる。他のひとが嫌がる役回りを笑顔で引き受ける。自分に用意されている人生はそういうものなのだと思っていた。
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骨と棲む

わたしは一年ほど前からクジラの脊椎骨と同棲をしている。
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わたしはママに愛されているから

今日。わたしはママに嘘をつきました。
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魔法使いと携帯電話

あの大学に入学できるのはエリートばかりだといわれる。だが実際にはそのほとんどが入学後もさらに続く競争に敗れ自身の凡庸さに失望し理想と現実との間にある落とし所を探ることに卒業までの時間を費やすことになる。
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拾われなかった小さな仔猫

十代だった当時のわたしは生まれ育った土地から逃げてきたばかりでお金も仕事も住所も持たず何の価値もない小娘でしかなかった。だがあのひとはそんなわたしをびっくりするほど高い価格で買った。
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音なく登る泉

わたしは何も自分で選べない。誰かに代わりに決めてもらわなければ何も選べない。
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プリズムの家

私の家は様々なひとを招き入れる場所だ。だから家具や調度品は誰の目にも好ましく映るものだけが並んでいる。たとえ私が良いと思ったものでも、好き嫌いが分かれそうなものであれば、家の中からひとりでに消えてしまうのだった。
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宇宙と連れ添って

「もちものぜんぶを一度に見せてしまえば君はもう僕に興味をなくしてしまうかもしれない。そうなることが怖いから、今日はここまで、続きはまた明日」
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泥とチョコレート

あたしは泥を食べたことがある。小学生の頃に「これはチョコレートだよ」とクラスメートから渡された泥の塊を本物だと信じて口に運んだのだ。
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死ぬことのない恋

わたしたちは一緒に過ごすことがいちばん自然なのに離れようなんて考える意味が分からなかった。
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あした世界が沈むとしても

用意された道を不満なく歩けるのが私という人物だと思っていた。けれどそれは間違いだったかもしれない。