掌編小説

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あした生まれるわたし

わたしはもっと遠くへ行きたい。だけれどママは目の届かないところへわたしが行くことを嫌がる。だからわたしは今夜もママと喧嘩をすると思う。
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そして次の朝へ

わたしは恵まれた女だった。生まれた時から大人になり今に至るまでずっと恵まれていた。自分がどうして泣いているのかわたしは分からない。
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くらげは今日もつめたいところで眠る

あの時から、自分が誰かを好きになることはとても悪いことで、いつか誰かに好意を受け入れてもらえる時が来るまで、許されることはないんだろうなと思ってしまっている。
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橋の途中にて

この橋の向こう側に行ってはいけないと大人たちから強く言われていた。だから私は橋より手前のことなら何でも知っていたが、向こう側のことは何も知らなかった。
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鉄の桜もすぐに散る

あのひとの八重歯を僕はよく覚えている。あのひとはいつも笑っていたからだ。自分の病気について僕に打ち明ける時でさえ微笑みながら喋った。
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私の血の機能

過去に一度だけ性交を試みたことがあった。私は彼の、その起伏のなさに、強く心を惹かれた。
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ハッピーエンドはやって来ないだろう

楽しい時間はどうして終わってしまうの? ずっと楽しいままだったらいいのに。そういうふうにどうして出来ないんだろう
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踏まれて死んだ小さな蛾のように

わたしはもう母の顔色を伺いながら寝ても覚めても震えていた弱くて小さな子どもではないのだということを確かめなければいけない。
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線香花火はかならず寂しく終わる

わたしたちはお互いの名前も知らなければ連絡先も知らない。ただ毎年いちどだけこの場所で線香花火をして過ごすということだけが、もう五年ものあいだずっと続いている。
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オッサンとワンワン

コバルトブルーの雨には強力な毒がある。どうしてそんな物騒が雨が降るようになったのかというと、兵器の工場で馬鹿な人間が事故を起こしたからだ。
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スプリンターマツモト

僕なんかと一緒に居ることで楽しそうな顔をしてくれるひとがいるのだ。その事実が僕には、何より嬉しかった。
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可愛くなりたかった

自分の容姿への自信は他者からの声によっていとも簡単に二転三転した。可愛いと言われ続ければ自分が絶世の美女であるかのように錯覚することが出来た。
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鬱がやってきた

ある朝。目を覚ますと世界中の物が重くなっていた。箸や皿も重たい。テレビのリモコンや新聞紙も重たい。
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神と和解するまで

父は敬虔な神父としてみんなに知られていたけど、その一方で、隣町の賭博場で博打に溺れる男という裏の顔があったのだというのだ。
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彼岸花の国

彼女の母親は、焼かれた夫を弔い終えた後、まだ幼かった彼女ひとりを小舟に乗せて、河を隔てたこちら側に逃した。
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