掌編小説

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おそまつさまのわたし

さきほど街で出会ったばかりの名前も知らない若い男の子はベッドの上で裸になったわたしの身体をおそるおそる触った。きっと実際におそれているのだろう。
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昨日のおれを描く

おれは面白い映画を観れば面白かったと言ったし酷い映画を見たら酷かった言った。だが従兄はすこし違った。どんなに酷い映画であっても従兄はその作品の良かったところについて話をした。
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たのしいお料理教室カレー編

わたしは愚かだろうか。幸せな恋を知っているひとの目にはきっと愚かに映ることだろう。
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雨留める

「この子がこんなに泣きやまないのはわたしがちゃんと愛せてないからかな?」
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それは硬くてひんやりとしていた

私は過去に一度も恋をしたことがなく他者から恋心を向けられることも苦手だ。だが空飛ぶ鳥を見て劣等感を抱く人間があまりいないのと同じで私も自分が恋愛できないことについて特に引け目を感じる事はない。
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だからずうっとふたりで暮らすと思う

ママは泣き虫だった。わたしが万引をして捕まったときも、不登校になって担任が家に尋ねてきたときも、ママはいつだって「私が悪いんです」といってわたしの顔を見ることなく泣いた。
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車輪よ空へ、翼よ町へ

どうしてこんなつまらない田舎に生まれちゃったかなあ。どうしてあんな両親のもとに生まれちゃったかなあ。そんなふうに思ったことは一度や二度じゃない。
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歯車の音

私の半生は概ねそんな調子だ。多くの出来事が私自身の納得を置き去りにしたまま過ぎてきたのだった。
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ローカル線と最終巻

わたしはお姉ちゃんだから我慢する役割を務める義務があった。わたしひとりが我慢すれば丸く収まる。他のひとが嫌がる役回りを笑顔で引き受ける。自分に用意されている人生はそういうものなのだと思っていた。
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骨と棲む

わたしは一年ほど前からクジラの脊椎骨と同棲をしている。
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わたしはママに愛されているから

今日。わたしはママに嘘をつきました。
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魔法使いと携帯電話

あの大学に入学できるのはエリートばかりだといわれる。だが実際にはそのほとんどが入学後もさらに続く競争に敗れ自身の凡庸さに失望し理想と現実との間にある落とし所を探ることに卒業までの時間を費やすことになる。
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拾われなかった小さな仔猫

十代だった当時のわたしは生まれ育った土地から逃げてきたばかりでお金も仕事も住所も持たず何の価値もない小娘でしかなかった。だがあのひとはそんなわたしをびっくりするほど高い価格で買った。
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音なく登る泉

わたしは何も自分で選べない。誰かに代わりに決めてもらわなければ何も選べない。
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プリズムの家

私の家は様々なひとを招き入れる場所だ。だから家具や調度品は誰の目にも好ましく映るものだけが並んでいる。たとえ私が良いと思ったものでも、好き嫌いが分かれそうなものであれば、家の中からひとりでに消えてしまうのだった。
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